トマトから支配まで、『チェンソーマン』の世界における悪魔の定義を考察する

藤本タツキ『チェンソーマン』は、公安デビルハンターたちと様々な悪魔との戦いを描いたバトルアクション漫画だ。
本作には雑魚扱いのトマトの悪魔やコウモリの悪魔はもとより、強大すぎてたちうちできない闇の悪魔や支配の悪魔など、あらゆる名詞を持った悪魔が出てくる。

一体『チェンソーマン』における悪魔とは何だろうか?

今回は本作を彩る悪魔たちの実態や、その目的を考察していきたい。

『チェンソーマン』|集英社『週刊少年ジャンプ』公式サイト

地獄にはあらゆる名前と概念を持った悪魔が存在するらしい

まず『チェンソーマン』を語る上で押さえてほしいポイントは、「悪魔は地獄で死ぬと地上に生まれ変わる」「チェンソーの悪魔は地獄でも異質な存在で、他の悪魔を食べる事で、その存在や概念を抹消できる」の二点だ。

即ち、地獄にいる悪魔と地上で暴れている悪魔の二種類が存在する。

地獄で死ぬのが地上に来れる条件なら、何故支配の悪魔のマキマは地獄を行き来できたのか疑問も浮上する。

彼女の場合は自身の眷属である蜘蛛の悪魔、プリンシを媒介にして地獄に訪れたとも解釈できるが、「26回チェンソーマンと戦った」発言を踏まえれば、デンジ含む読者が認識していたマキマは既に「地獄で死んで地上に生まれ変わった状態」ともとれる。

血の魔人パワーは「地獄に戻った自分は変わり果てた姿をしているはず」と言及しており、マキマにもまた別の姿……人に擬態した現在とは別の、地獄の悪魔としての本来の姿があると考えられる。

さて、第1話冒頭でデンジが倒したのはトマトの悪魔だ。のちにゾンビの悪魔やコウモリの悪魔も登場するが、いずれも弱い。チェンソーマン化したデンジなら楽勝レベルである。

しかしこれが永遠の悪魔になると手強く、闇の悪魔、支配の悪魔になると桁違いの厄介さ。

両者の違いを考えた時、真っ先に思い当たるのは固有名詞の曖昧さだ。トマト、コウモリはいずれも特定の野菜や動物に付いた名前だ。ゾンビは人間が腐って動く状態をさしており、不定形の概念をさしているわけではない。

概念が曖昧なものほど強くなる?

闇の悪魔がとんでもなく強かったのは、太古の昔より人類が闇を恐れ続けてきたから。本作のラスボスである支配の悪魔が無茶苦茶できたのは、すべての生き物が常に何かに支配されているからだ。

本能、あるいは死への恐怖に闇への恐怖……対象はなんでもいい。生きている限り、全ての存在は等しく何かの被支配の状態におかれている。だからこそ支配を司るマキマは無敵だったのだ。

ならばチェンソーの悪魔とは一体何なのか。

チェンソーの悪魔は例外中の例外?そもそも何故チェンソーなのか

もし概念が曖昧で広範に応用される悪魔ほど強いのなら、チェンソーの悪魔が支配の悪魔と互角に立ち回れる説明が付かない。チェンソーは近代の発明品で、太古から人々の畏怖や崇拝を集めてきたわけではない。

が、例外はある。
本作において億単位の犠牲者を出した銃の悪魔は、銃が発明されて間もないのに非常に強大な力を持っていた。年間膨大な数が銃で死に、または殺され続けている現状、銃の悪魔が脅威と見なされるのはよくわかる。

一方チェンソーはどうだろうか。
ただの木を伐採する道具であり、チェンソーを使った殺人が年間数億件起きているわけでもない。

このことからチェンソーの悪魔は、人々の畏怖や信仰とは力の源を別にする存在……地獄のイレギュラーと考えられる。

即ち、チェンソーの悪魔=地獄の人口調整係ではないだろうか?

地上に来た悪魔の「死ぬ前にチェンソーの唸りを聞いた」発言が真実なら、彼らを殺したのはチェンソーの悪魔と考えるのが妥当だ。
もしありとあらゆる概念や名前の悪魔が地獄に存在し、日々増え続けているとしたら、地獄は常に人口過密状態ということになる。当然悪魔同士のいがみ合いや争いも頻発し、無秩序をもたらす。

チェンソーの悪魔は地獄の処刑人であり、他の悪魔をチェンソーで間引く任を負っていたのかもしれない。

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